
■オリジナルのお茶
2010年早春の古茶樹でつくった、生茶のプーアール茶です。
当店のオリジナル品です。
+【当店オリジナルのお茶について】
■易武山麻黒村大漆樹
雲南省の南端「西双版納」は、ミャンマー・ラオスと国境を接する広大な亜熱帯山岳地帯の中心にあります。
西双版納をタテに流れるメコン川をさかいに、東側の孟臘県(meng la)易武山(yi wu)の一帯は、いくつもの銘茶を産み出してきた歴史ある茶山です。
2010年春いちばんは、この山からはじまります。
西双版納の町景洪市からバスに乗って山道を3時間半、易武山の小さな町に到着し、さらにそこからバイクに乗り換え山を越え、ラオス国境へ向かう道なりに「落水洞」・「麻黒」・「大漆樹」の寨子(古い集落)があります。1700年代からこの土地で高級茶づくりをしている漢族の村です。

集落から近い海抜1300m~1700mの自然林に茶園が点在し、樹齢200年~600年になる古茶樹を育んでいます。
東洋のお茶が西洋で大流行した1700年代に、清王朝は易武山の茶を貢茶のひとつに選び、その交易から収益を得ました。
易武山のお茶は陸路でまず指定貿易港の広州へ運ばれます。広州から出た帆船は、香港や東南アジアの貿易港を経て、インド洋を渡り、アフリカ喜望峰をまわり、西洋の国々まで運ばれてゆきました。
その当時は易武山とそのすぐ隣の漫撒山(man sa)とが、この地域の貢茶づくりを二分していました。易武山と漫撒山の境界は、麻黒寨とそのすぐ奥の大漆樹寨にあったということなので、大漆樹はその時代からすると漫撒山になります。


漫撒山には当時400軒の民家の集まる「弯弓廟」があり、貢茶づくりで栄えていました。しかし1800年代に大規模な山火事があり、茶山も集落も消滅し、易武山に統合されました。
「弯弓廟」のあった土地は大漆樹からさらに奥地で、現在は住む人もなく、深い自然林に戻っています。そこには生き残って野生化した茶樹が点在しており、辺境茶人気にともない再び注目されはじめています。

大漆樹の周辺には崩れた石畳があります。かつて貢茶を運ぶ馬に土を踏ませないための敷石の跡です。
今ではそのほとんどが建築資材に持って行かれたりして、山奥のほんの一部にしか残っていませんが、1700年代の昔に敷石が町まで途切れずに続いていた事実は、当時の貢茶づくりがいかに重要な産業であったかを物語っています。
その後の易武山のお茶づくりは、清王朝の終わる1912年頃から第一次・第二次世界大戦の間に途切れながらも、1950年代までつづきました。しかし中華人民共和国(1949年成立)からの農業改革によって、茶は国の専売品となり、大規模の国営茶廠に生産が移され、民営の茶荘による易武山のお茶づくりはいったん幕を閉じました。
その後、茶農家だけが残ってこの土地で毛茶づくりを続けていましたが、2000年頃からの自由化によってふたたび民間のお茶づくりがはじまっています。

大漆樹の古茶樹は樹齢200年~600年の切り戻し型です。
茶摘みしやすいように人の背のとどく高さにそろえられています。切り戻しされないで自然のままに枝を伸ばした茶樹もわずかに残されていますが、その樹高は6~7メールもあります。さらに山奥には野生化した樹高15メートルの茶樹も見つかっています。
2010年の春のお茶づくりは、大漆樹の中でも比較的古い茶樹のある農家に、早春の初回摘みだけを単独供給するよう依頼しました。
茶摘みの始まった3月1日から4月10日まで、この一軒の農家はこのお茶『易武古樹青餅2010年プーアル茶』だけのために仕事をしました。そのうち12日間は農家に泊まり、生活を共にしました。
■易武の土
易武山のお茶には独特な風味があります。
それはいかにもミネラルを感じさせる、滋味あふれる味わいです。
西双版納の北に位置する思芽市(現在はプーアール市と改名)から易武山に嫁いできた女性の話によると、お茶の出来は「土」によると言います。易武の茶葉の市場価格は、量産型のものでも思芽の4~5倍はします。種子は同じでも土が違うと、できる茶の質が違うということです。
大漆樹には約35世帯の農家があり、山奥の半自給自足生活のためのトウモロコシ畑を村で共同管理しています。このトウモロコシ畑は過去に肥料をほどこしたことが一度もないのですが、それは思芽の農家からしたら驚くべき事実だそうです。
易武山のお茶は、つくりたてのときは湯がかすかな青色になります。長期保存のときは茶葉の赤味の増すのが早いです。それらもまた成分の違いと言われています。
ちなみに清代に西洋に輸出されたのは生茶のプーアル茶ですが、輸送に一年半以上もかかった当時、高温多湿な木造船の船倉や東南アジアの貿易港では熟成変化したはずです。西洋の港ではこれを紅茶と分類したのではないかと、当店は推測しています。
■かんばつの2010年
2010年の雲南省の春は100年に1度と言われるかんばつに見舞われました。穀物や香辛料、野菜や果物の栽培には大きな被害をもたらしましたが、山の森林は水を豊富にたたえ、湧水は枯れることなく、農家の生活に支障はありませんでした。そして根を深く張るお茶の樹も、例年より1週間~10日間ほど発芽が遅れたものの、元気に芽を吹きました。茶園はうれしくなるような淡い緑に包まれました。
3月1日、日当たりの良い茶樹からポツポツと出始めた芽や若葉を摘み始め、まだ早春の茶摘みといえる4月10日まで、雨の日はたった2日間、それも半日も続かない程度でした。
雨が少ないために新芽や若葉の成長は遅く、小ぶりに育ち、産量は昨年比の6割に減少したので、茶葉の市場価格は1.7倍まで高騰しました。しかし、茶葉の成長が遅いのは良いことです。深い地層から吸い上げられた栄養がゆっくりと茶葉をめぐります。
おのずと味は濃くなります。

農家の人々は「毎年の味にそう変わりはない」と言いますが、茶商にとってはその違いが売り上げに響きます。お茶ファンにとっては毎日のほんのひとときのしかしかけがえのない一服を左右します。そして長期熟成には、ごくわずかな差が後々大きくなる可能性もあります。成分が濃い2010年の春の茶葉は、長期保存にも良いと考えました。
晴れの日の多いのはもうひとつ良い点があります。それは天日干し(晒干)がスムーズにできることです。
茶摘みの季節は、日の明るいうちは茶摘みにすべての時間を費やし、暗くなってから殺青・揉捻を済ませ、成分の変化を止めておいて、翌朝から晒干をします。天気が良いと一日で乾き切ります。
この晒干のスピードが風味に関係します。
雨の日は、茶葉が湿ったままで軒下や室内に置かれ、太陽を待つか、熱風乾燥で処理されるため、本来の風味を損ないます。
晴れが続くと、製茶の質が上がります。
■采茶
茶摘みのことを「采茶」と呼びます。
この地域はすべて手摘みです。
自然栽培の古茶樹は、枝ぶりが立派な割に葉が少なく、それを手で摘みとる収穫量は少なく、高級といえども農家にとっては割に合わない仕事です。
茶葉の価格は重量いくらと決まるので、新芽や若葉が大きく育つのを待ってから、それを早春と偽って売るほうが、農家は稼ぎが良くなります。
本当の早春の茶葉を入手するには、現場での攻防があります。

農家によっては、安い量産茶葉を他所から4分の1ほどの値段で買っておいて、古茶樹と混ぜ合わせて売っているところもあります。買い手に判別能力がなければ、それでよいという考え方です。
この土地に買い付けに来る茶商やメーカーも、仕入れ量が1トン2トンと多くなると、量を満たすので精いっぱいです。偽りのあることがわかっていても、多少は見逃さなければ量を満たせません。
易武山の古茶樹はほとんどが餅茶に加工されます。餅茶は餅面の美しさも価値のひとつなので、晩春(4月末~5月末頃)の雨の多い時期の育ちの良い2番摘みを使用することがあります。白っぽく大きく太った新芽は見栄えが良く、しかも安く、春の茶と称してよく売れるのです。当然それには鮮烈にして濃厚な春の風味はありません。
残念ながら、現状では小細工をする業者ほど得をしています。しかし市場が成熟するにつれ評価が分かれるようになるでしょう。

現場にいると、それなりの成果が得られます。
摘みたての「鮮葉」は、古茶樹と新茶園との違いをひと目で見分けられます。しかし毛茶に製茶加工してから安モノを混ぜ合わせられると、見た目のみならず、簡単な試飲では判別しにくいケースがあります。2010年の春のように古茶樹でも小さめの茶葉が多いとなおさらです。
また、古茶樹の農地にも樹齢が100年に満たない若い茶樹もたくさんあります。茶葉の見た目は似ていますが、風味はやや異なります。
当店が選んだ農家は、自ら所有する農地の茶葉だけで偽りのない仕事をしていますが、それでも樹齢の若い茶葉や季節の終りの大きく育った茶葉、雨の日の晒干がスムーズにできなかった茶葉など、質に満足のゆかないのもいっしょに混ぜ合わせて販売しています。それだけで3割~4割は収入が増えるからです。
そのような出来の悪い茶葉を避けて、質の良いのだけを選ぶからには、やはりそれなりの価格で買い取る約束になります。

かんばつのために発芽が1週間~10日遅れとなったので、目標とする4月10日までに一軒の農家だけで希望する量が確保できるのか心配でしたが、雨の日が少なかったせいでスムーズにゆき、質・量ともに要求通りにそろいました。
古式の自然栽培というと聞こえは良いですが、それはすなわち山の生態バランスを維持しているということで、茶園は人間だけのものではありません。毛虫・ミツバチ・ダニ・ブヨ・クモ・蟻などの虫さされ、漆などの毒性の植物によるかぶれ。かゆみや痛みを常に感じながらの作業となります。
そのうえ茶園の地形は険しく、じっと立っていられない急斜面もあります。茶摘みをするあたりは海抜1400~1500メートル。空気はやや薄く、午後からの日照りが強く、そんな環境の中、手先に神経を集中し小さな芽や若葉を摘みとる作業は、想像をはるかに超える過酷な労働です。

摘みたての鮮葉にして4.5キロほど。それを毛茶に製茶して1キロくらいが、1人1日の収穫量です。それは量産型の茶園の手摘みの収穫量の4分の1から6分の1に相当します。
古茶樹の価格はそれなりに高価ですが、重労働の対価としては妥当であると思えるものです。
■その2 製茶(つづき)
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