早期紅印春尖散茶プーアル茶 zao qi hong yin chun jian san cha
早期紅印春尖散茶プーアル茶 25g 11,200円 100g 39,000円 500g 182,500円 航空便送料込みの価格です。 100g単位の価格は申込みフォームを参照してください。 ⇒【申込みフォーム】 製造 : 1950年代末期 茶廠 : 孟海茶廠 茶山 : 易武茶区 茶樹 : 大葉種 喬木 茶葉 : 3級 工程 : 生茶 (乾倉保存) 重量 : 散茶のためグラム売り 倉庫 : 香港乾倉ー台湾常温乾倉(1991年〜)
美味しさにおいて、もっとも評価の高いプーアル茶、「紅印圓茶」の散茶としてつくられたものです。1940年代後半からの「早期紅印圓茶」や、1950年代中期からの「後期紅印圓茶」とは同じ系列にあります。プーアール茶の歴史が大きく動いた時期の、まさにビンテージ品といえます。
中茶牌ブランドの「八中茶」の「茶」字は、その後の餅茶の多くが受け継いでいる様式です。 「中国茶業公司雲南省公司」は、当時このお茶を輸出した国営会社の名前です。 1600年頃から易武山をはじめとした西双版納の六大茶山を中心に栄えた民営の茶荘のお茶作りが、1950年頃に、国営工場に引き継がれました。 民営の茶荘のお茶作りは以下のページをご参照ください。 ⇒【沈香老散茶50年代プーアル茶】 1920年代〜の内戦や日中戦争と太平洋戦争。その後ふたたびの内戦と続いて、雲南のお茶作りは一時衰退しましたが、1949年に中華人民共和国が誕生し、農業や商工業の社会主義改革がはじまり、お茶作りはふたたび回復に向かいます。 1950年頃から、雲南の茶葉は国の管理するところとなり、統一買い付け、統一販売の品となってゆきます。輸出向けの茶葉は、緑茶と紅茶が主でしたが、一部プーアル茶作りもされます。それまでは民営の茶荘が行ってきたプーアル茶作りは、国営工場に移されます。国の指定する国営工場のみが、輸出向けのプーアル茶作りを許されました。その指定を受けた一つのメーカーである「孟海茶廠」は、看板商品となる「紅印圓茶」を、それまでの技術の粋を集め、最高の原料で作りました。 その頃の中国は、外貨を稼ぐため手段のひとつとして、茶葉の輸出は重要でした。上質なプーアル茶はすべて国営の貿易会社を通じて海外に販売されます。 1990年頃まで、上質なプーアル茶が中国国内に流通していないのはこのためです。 時を同じくして、1950年代の香港(〜1997年までイギリス領)には、茶楼(飲茶レストラン)ブームが到来していました。現在の香港の飲茶は、点心料理が主役ですが、当時の飲茶は、お茶一杯に点心二種を食べるという形で、お茶が主役でした。茶楼は美味しいお茶を競い、より良いものを茶商に要求し、茶商はそれに応え、雲南のメーカーに茶葉や加工方法までオーダーしました。 このお茶「早期紅印春尖散茶」は、香港の「敦煌茶楼」が貴賓用に所有していたものです。敦煌茶楼は今はもう存在しない茶楼(飲茶レストラン)です。1968年に開業、2002年頃に閉店されたと伝えられています。1991年に台湾の茶商がこの紅印散茶を何十斤まとめて買取り、現在その一部が当店に届いています。 1950年代に、雲南の茶葉の輸出権をもつ国営企業の中国茶葉総会社(中茶牌)は、需要と供給のバランスなど考えず、作った分だけ配給します。茶葉が豊作のときは、当然余ります。必要以上に割り当てられた香港の茶商は、仕方なく倉庫に保存して寝かせるしかありません。プーアル茶の倉庫熟成が大規模に行われるきっかけになったのも、この頃のことだと推測しています。 このお茶「早期紅印春尖散茶」が、当時の印級のお茶の中でどのような位置付けにあるのかを説明するために、孟海茶廠の歴史をカンタンにまとめました。 紅印圓茶は、1940年代から作られた説と、1950年になってから作られた説がありますが、ここではその論議はせずに、曖昧なままに紹介します。 孟海茶廠の歴史:
孟海茶廠初期の印級プーアール茶:
![]() 紅印の歴史:
「早期紅印春尖散茶」の「春尖」とは お茶を摘みの時期を表わします。 春茶はいちばんよいとされ、秋茶、夏茶という順番です。 春茶摘み (三月下旬〜六月上旬) 「春尖茶」 清明節(二十四節気の一つ、新暦の四月四日から六日ごろにあたり、墓参りをする習慣がある。) 「春中茶」穀雨(四月二十日ごろ)〜立夏(普通、五月五、六または七日) 「春尾茶」小満(五月二十一日または二十二日)後 夏茶摘み (六月下旬〜八月上旬) 「黒條茶」 「二水茶」 雨季後の乾燥した頃 秋茶摘み (八月下旬〜十月上旬) 「谷花茶」清の頃の名前は「女兒茶」 「紅印」の原料となった茶葉は、孟臘県で一番のものが使用されます。この当時の孟臘県は、孟臘県鎮、易武鎮を含みます。このあたりの茶葉は、易武山の大葉種になります。つまり易武正山の古樹の茶葉ということになり、雲南省のプーアール茶の茶葉として最高のものです。 茶葉の加工は、「採辧春尖」、「加重萌芽」、「精工燻揉」。手作りで丁寧な加工がされます。
葉底(煎じた後の茶葉)です。 早期の紅印プーアール茶は易武山で最もよい茶葉とされています。本物の紅印プーアール茶は茶葉が大きくふくよかで、色は赤味のある栗色。茶面は光沢があります。 春尖散茶の名前の通り、新芽の先の尖った部分も混じります。 よく見ると、茶葉の表面に小さなイボイボのようなのがあり、ヒキガエルの肌のようだと表現されます。これも紅印など、老茶の茶葉の特徴のひとつです。
香りは、濃い蘭香と淡い野樟香があります。 古い木の皮のような香りです。 にじみ出る茶湯の色には、赤身が強く、透明感があります。 味のバランスは、いうまでもなく最高です。このお茶を美味しく飲むために、いつもよりは少なめの茶葉で、あっさりと淹れて飲んでみてください。その味を知ってから、濃い目に淹れるのがよいでしょう。
老茶は、茶葉が乾いてカラカラになって、小さくなっています。見た目で茶葉の分量をきめると、きっと多すぎます。 4〜5煎もすると、茶葉が開いてふくれます。小さめの蓋碗約70ccの場合、通常は3gくらいが適量ですが、この早期紅印春尖散茶なら、2gでも十分です。
はじめの3〜4煎めまでは、水の色(お茶の湯の色) の赤味が強く出るくらいになると、味が濃すぎ、繊細な風味が楽しめなくなります。 写真のように、明るい栗色くらいで、すばやく杯に注ぐと、もっともバランスよく、多彩なすべての風味が楽しめます。様々な味がひとつのお茶の中に凝縮されています。紅印の茶葉のすばらしいところです。 4煎め以降くらいからは、赤い色になるまで煎じても、バランスが保たれます。 このクラスのお茶に、忘れてはならないのが、「のどごし」です。まったくひっかかることなく、するするとしています。
茶虫の繭(まゆ)があります。 白い綿のような繊維が茶葉にからみついて、茶葉がくっついています。これは、品質を下げるものではありません。そのまま煎じて飲んでいただいてもまったく問題はありません。あらかじめご理解のうえ、お求め下さい。 ⇒【茶虫の跡のあるプーアール茶】 ※新しい情報があれば、このページに文章を追加または変更します。最新の情報は、このページをご確認ください。 早期紅印春尖散茶プーアル茶 25g 11,200円 100g 39,000円 500g 182,500円 航空便送料込みの価格です。 100g単位の価格は申込みフォームを参照してください。 ⇒【申込みフォーム】 茶葉の量のめやすは以下をご参照ください。 ⇒【5gの茶葉でどのくらい飲めるか?】 保存方法については、以下のコーナーをご参照ください。 ⇒【プーアール茶の保存方法】 お客様のご感想 広島県I.Yさま プーアールもあれこれ飲んでみましたが、あの時購入した早期紅印春尖散茶と天字沱茶90年代初期は、自分が経験したプーアールの中でもずば抜けて素晴らしい物だったと思います。 ニューヨークM.Sさま まさしく紅印圓茶の味わい。茶葉の形もきれいで、満足のクオリティーでした。 東京都K.Yさま 絶品でした。毎日飲めればいいのですが・・・ 新潟県A.Kさま 早期紅印春尖散茶は早速頂きました。穏やかで本当にバランスがよいお茶だと思いました。 お香の匂いとはちがった、派手ではない、落ち着いた土?のような香りだと感じました。懐かしいような癒されるような・・・香りが弱いのは散茶のせいですか?少しの苦みもきいていて、さっぱりスルリと飲める優しいお茶だなと思います。優しいけれど、少し濃い目に煎れて、味の濃い濃厚なカマンベールと合わせてみますと、とても良い口当たりで、口がさっぱりするし、香りもなかなかよいハーモニーでヤミ付きです。煎が進むと、また優しい甘さで、ずっと楽しんでいました。 東京都M.Sさま 確かに紅印です。早い段階で散茶にされているおかげで、餅から崩して飲んだものよりも、最初から飲みやすいです。 ⇒【店長にメール】 つぎにこのプーアール茶はいかがでしょうか? |