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漫撒古樹青餅2013年 その1

man sa gu shu qing bing cha

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶

■概要
製造 : 2013年4月16日
茶葉 : 西双版納州孟臘県漫撒山丁家老寨
製茶 : 丁家老寨の農家
茶廠 : 漫撒山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶 385gサイズ
保存 : 西双版納―上海
当店のオリジナル品です。
+【当店オリジナルのお茶について】

■ はじめに
2013年は茶の栽培に注目してみました。
易武山の古い地域に残された栽培手法から、なぜこの風味が生まれたのかを探ってゆきます。
甘い生茶のプーアル茶です。

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶

■栽培の歴史
2013年のテーマは「栽培」です。
西双版納の樹齢数百年にもなる古茶樹には、昔ながらの栽培手法が少なからず残っています。
昔の人は、なぜそのようにお茶という植物と接したのか?お茶にどんな味を求めたのか?栽培に隠れた英知を探ってみたいと思います。
例えば、近年の研究によると、エジプトのピラミッドはナイル川の増水する休耕期の仕事をつくる公共事業だった可能性があるそうです。しかし、子供の頃見た映画や絵本では、奴隷が鞭で打たれて石を引いていました。遠い昔は非文明的だったにちがいないと、我々は勝手に想像しがちです。
延々と連なる深い山、自然と共に生きる山の民族。雲南省南部はお茶もまた原始的で、その素朴さがよいと見られがちです。しかし、現代とは違う方向への成熟があったことを、我々が知らないだけかもしれません。

■瑶族(ヤオ族)の旅
昨年の2012年の春は、易武山の古い地域の「丁家老寨」のお茶をつくりました。昔ながらのその茶摘みは、茶葉をしごいて落して枝を裸にするという特徴のあるやり方でした。
+『丁家老寨青餅2012年プーアル茶』

枝はそのまま切らないで何年も伸ばすので、ひょろひょろとしだれてくるほどです。この仕立て方は、瑶族(ヤオ族)から受け継いだと聞いていました。
山を住処とし、草木の利用方法を熟知していた瑶族は、茶の栽培になんらかの考えがありそうです。

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶

易武山とその周辺は、漢族、彝族(イ族)、基諾族(ジーノ族)、瑶族(ヤオ族)の人々がお茶づくりに関わっていますが、もともとこの地域に古いのは瑶族です。
茶の原産地を探った文献を見ると、瑶族ゆかりの地である広西チワン族自治区桂林市竜勝各族自治県にも同じような茶摘みのあることがわかりました。

『茶の原産地紀行』 松下智著 P145 参照
・・・・・・・・・・早速、茶摘みからということで、近くの畦畔茶の茶摘みを拝見する。茶の木は何処の茶の木も自然仕立てのように伸びており、枝に板や丸太を足場にして摘む。茶摘みはどの枝も先端の芽を残し、昨年の古葉も摘み取り、捨てる。茶の木の下には、古い茶の葉が散乱している。
どの新芽も一心三葉程に伸びており、先端の芽だけを残し他のすべての芽を摘み取る。この摘み方は竜勝県内では、民族の違いとは無関係に共通していた。・・・・・・・・・・

ちなみに、竜勝県には「餅茶」の製法も残っています。プーアール茶の原型を見るようであり、唐代(760年頃)の陸羽の書『茶経』に登場する団茶を見るようでもあります。

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶

瑶族は移動の民です。
文献の説によると、湖南省の武陵あたりから出発して南へ、広西壮族自治区の桂林あたりで東西に分かれ、東は広東省北部の南嶺山地から福建省北部の武夷山系、その一部は浙江省へ至る。西は広西壮族自治区から雲南省方面へ至る。
時代は唐代からはじまり、宋代、元代、明代、清代へと続いています。
これが証明されるには更なる調査・研究が待たれますが、民族の移動がお茶の産地をつくっていった、まさにグレートジャーニーの発掘になります。
プーアール茶にとっては、茶の原産地とされる西双版納のあたりと、茶業の発祥地とされる広西省から湖南省のあたりと、前後関係の解明が期待されます。


より大きな地図で 瑶族とお茶の道 を表示
(『茶の原産地紀行』 松下智著で紹介されている瑶族のお茶どころ。)

瑶族は焼き畑をして山を耕作する習慣があります。
焼けた茶葉の香りからヒントを得たのかもしれません。
山の民族が出会い、生活に利用しはじめたお茶。
これが世界の飲料となるまでには瑶族の歴史だけでは説明しきれません。
お茶は農作物の中でも古い時代から遠くへ運ばれていました。
生産地と消費地が離れているため、栽培する人、つくる人、運ぶ人、売る人、飲む人と、言葉や習慣の異なる人々が連帯して茶業を成しています。
茶を知っていた瑶族と、都市で茶文化を開化させた漢族と、とりわけこの二つの出会いは現在のお茶の礎になったと言えます。
西双版納州孟臘県易武山周辺は、その二つが出会った古いお茶どころのひとつです。

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶

■弯弓(wan gong)のお茶
漫撒茶山は易武山の中心から北東へ、ラオスとの国境に沿って広がる山岳地帯です。「旧易武山」と呼ばれる地域で、現在でも山奥に古い農地が残っています。ところが、かつてここでお茶づくりをしていた瑶族の多くは山続きのラオスへ移動しており、中国側に残った瑶族は国から分配された土地に定住しています。かつてのようにあちこちの山を自由に移動して、焼き畑する行為は許されていません。
古い農地のほとんどは明代から清代にかけて漢族や彝族(イ族)に譲渡されているので、ここの瑶族は茶の栽培をしていないようにも見えます。
村を訪ねると、その周辺は山間の低地を利用したゴム園となっており、一部に近代的な畝づくりの茶園も見えますが、易武山の銘茶にするにはあまりに貧相な若い茶樹しかありません。

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶

それにもかかわらず、季節になると農家の軒先には毛茶が天日干しされています。よく見ると、茶畑の若い茶樹ではないことが明らかなものがあります。かつて農地であった山奥の、今は自然林に戻っている森林の古茶樹から採集されたものです。
「弯弓」(wangong)と呼ばれる地域がそのひとつです。

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶

弯弓は瑶族の古いお茶どころで、もっとも栄えた清代にはお茶づくりにかかわる漢族の400戸の集落があり、弯弓廟と呼ばれる寺院が建てられていたほどでした。石畳の茶馬古道が山を縫って続いていたのですが、山火事か何かの理由で1800年代に衰退し、人を寄せ付けない深い山に戻っています。
国有林となった現在は住む人も無く、瑶族だけに茶の採集が許されており、近年の野生茶ブームでふたたび注目されています。
ここに、古いお茶の栽培手法が残っているのではないか?
そう考えました。
なぜなら、現在ここは誰も所有していない土地だからです。
+【弯弓 瑶族の山 写真ページ】

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶

■土地
土地の所有。
それが茶の栽培を大きく変えたはずです。
現代の農業でいちばんのテーマと言える生産性は、限られた土地に定住することが前提となっています。土地の所有の概念のない瑶族なら、ちょっと遠くまで足を運んだり、引っ越したりするだけで解決したことが、限られた土地では難しいでしょう。

話が少しそれますが、お茶の栽培が生産性を追いかけだしたのは、西洋の植民地支配とともに、土地の所有の概念が東洋に普及していった1800年代後半からではないでしょうか。
イギリスがインドにてプランテーションによる大量・安価な紅茶づくりを成功させ、世界のトップシェアを誇っていた中国は初めて価格競争に晒されます。
日本でも、山間の傾斜地に一株一株が実生する「山茶」と呼ばれる株仕立ての栽培だったのが、明治時代(1868年~)から現在のような畝作りに変わっていったそうです。

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶

生産性の追求は、植え方や仕立て方だけを変えたのではありません。
品種改良による単一種の栽培。
土地の所有の概念がもたらした究極はこれかもしれません。

茶樹は花を咲かせて種子を宿すと、母樹とは少し異なる葉の色や形、性質も少し異なるものが育ちます。それが繰り返されると農地は混生状態に、つまり雑種になってゆきます。品種改良による特性を保つためには、種子を使わず、挿し木で増やすことになります。挿し木の茶樹はクローンなので、葉の形や色や性質は揃い、品質は安定し、生産性は飛躍的に向上します。
一方で、種子で増やす実生の栽培は、葉の形や茎の長さや太さ、そして摘み取り時が茶樹ごとに異なってくるので、茶摘みの機械化などが難しく、生産性が上がりません。
西双版納の古茶樹がまさにそれです。

混生状態になると品種の特性は発揮できません。
そうすると、個性のないお茶になるでしょうか?
そんなことはありません。西双版納では雑種であるはずの古茶樹のお茶ほど、地域や茶山ごとの個性が強く現れます。
なぜそうなるのか?

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶

■品種のオアシス
有名茶山=歴史の古い茶山
西双版納のお茶どころではそういうことになります。
しかし、雲南省南部の山岳地帯には有名ではない山にもたくさん古茶樹があり、300年以上も前から山岳民族がお茶づくりをしている山はいくらでもあります。(その多くは雲南の茶の需要が拡大した清代に新しく開拓された農地です。)
有名茶山と無名茶山。
どこがちがうのか?
実生の茶樹で雑種という点では同じはずです。
ただ、いろいろな茶山に通っているうちにわかってきたことですが、葉の形や色のバラエティーは、古い茶山ほど多い傾向にあります。逆に言うと、それほど有名ではない茶山には、品種のバラエティーが少ないのです。
それがなにを意味しているのか?
このことがわかるのに時間がかかりました。

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶

ところで、銘茶の産地には、例えば岩茶の武夷山のように、入り組んだ山と谷に霧がかかって、ゆったりと川が流れる山水画のような景勝地が多くあります。
水が豊富にあり、その複雑な地形ゆえに湿度が一定に保たれやすく、気温が安定しています。昼も夜も夏も冬も、暑くもなく寒くもなく。
西双版納の有名茶山に景勝地はないのですが、共通するのは山と谷の入り組んだ地形と、それがもたらす湿度と気温の安定した気候です。
春のお茶の季節のはじまる3月のはじめは、雨の少ない乾季がまだ続いていて、亜熱帯地方と言えども山の緑は冴えない色をしています。ところが、峠を越えて漫撒茶山の一帯に入ると、かなり山の高いところまで緑にあふれています。草の匂いが濃く、バイクで風を切る肌にシルクのようなやさしい抵抗を感じます。

もっと人に知られていない産地があるのではないか?もっと海抜の高い付近は薫り高いお茶があるのではないか?西双版納でそのような条件のところを地図から探し、お茶と農家のあることを確かめて何度か足を運んだことがあります。ところが、ことごとくハズレでした。
単調であったり、香りはあれど滋味に欠けたり、柔らかさがなかったり。
プーアール茶ならではの滋味深い味わいに欠けるのです。
土質のせいだろうと考えていました。たしかにそれも大いにあります。
しかし、それよりも気候がこの地域のお茶には重要だとわかってきました。なぜなら、湿度と気温の安定したところでしか生きられない品種があるからです。
もともと雲南大葉種は耐寒性にすぐれません。
有名茶山が品種のバラエティーに富むのは、安定した気候の土地だけに生息できる品種のオアシスとなっているからです。

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶

どの色やどの形の葉をした品種がオアシスに適応するのか?はっきりと特定できないのですが、いくつか特徴的なものを見つけています。
また、その種の茶葉だけに特別な風味があるのか?それともその種が生息できる気候においてはどの種にも同じような風味が宿るのか?これについてもまだはっきりしませんが、いくつかの種で特徴的な香り、甘味、酸味、苦味を見つけています。
全体的には、易武山周辺のお茶は甘いことが知られています。
参考ページ
+【易武山 品種のオアシス 写真】

山と谷が入り組んで、川がゆるやかに流れるところ。
そこには甘いお茶ができる。
古い茶山をつくった瑶族はこのことに気付いていたようです。

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶

■その2 栽培 (まだつづきます)
+【漫撒古樹青餅2013年プーアル茶 その2】


漫撒古樹青餅2013年 1枚 380g


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