中国の南の雲南省は、ベトナム・ミャンマー・ラオスと接し、西にヒマラヤ山脈を望み、平均の標高が約2000メートルもある大山岳地帯です。南部は亜熱帯気候で、山の上のほうのいたるところに茶樹が自生しています。ここに住む山岳民族のお茶づくりの歴史は紀元前からあるとされており、西双版納、無量山、臨滄、孟庫などにお茶の産地があります。
なかでも西双版納は、縦にメコン川が流れ、南西にミャンマー(緬甸)、南東にラオスと接し、独特の気候風土を持つ地域です。
ここが世界のお茶の発祥の地であるとされています。
雲南省の省都の昆明から南西に約500キロメートル。飛行機ではたった50分で西双版納に到着しますが、その間にある3000m級の哀牢山と無量山の山脈が、北のシベリアから降りてくる寒気を止めます。このため昆明では冬に雪の降ることがあっても、西双版納に雪の降ったことは一度もありません。
雲の上に頭をだしている山脈が気流を堰き止めている様子が飛行機の窓から見られます。
西双版納の年間降雨量は約1400ミリメートル。平均温度は約20度。霧日は約130日の亜熱帯季節風気候ですが、茶山にはそれぞれに気候や地質が違い、お茶の味もまた異なります。
茶山といってもひとつの山のことをいうのではなく、いくつもの山からなる地域一帯のことをいいます。
西双版納を二分するように 瀾滄江(メコン川)が流れています。景洪港から出る定期船に乗れば、ラオスとミャンマーを経由して2日でタイのチェンセーンまでゆけます。夏の水量のある季節には高速観光船があり、8時間でチェンセーンに着きます。いわゆるゴールデントライアングルと呼ばれる地域で、現在でも世界有数の麻薬の産地です。
中国の投資により、ラオスからタイへ続く幹線道路が充実して、西双版納から一日でラオスとタイの国境の町までゆくことができるようになっています。
国は中国でも、文化圏は東南アジアです。
西双版納はダイ族自治州で、13の少数民族が暮らしています。内訳は、ダイ族3割、その他の少数民族4割、漢族3割とされています。100万人の人口のうち70万人が農業に従事しています。
参照: 景洪市のホームページ
+【西双版納-景洪】(外部リンク)
西双版納の気候はおだやかで、年中春のようです。一日の気温差は大きいのですが、年間の気温差は少なく、夏は涼しく冬は温かく、山はいつも緑です。風はおだやかで心地よく、すべてがゆったりとしています。
山間の平地がひろがるところは水田の古い稲作が今も残っています。ちなみに「西双版納」はシーサンバンナの当て字ですが、現地の言葉で12の水田地帯という意味があります。


近年観光拠点として注目され、団体の観光客が押し寄せ、観光施設や道路の建設が急ピッチにすすめられています。そして中国のどこにでもあるハリボテの街づくりと、偽物の文化の演出がされていますが、街を離れて山へ行けばこの土地の本当の生活を見ることができます。とくに農業は家族単位の小規模がほとんどで、山の自然とともに暮らし、作物をつくり、家畜を養う半自給自足の生活が今も行われています。
美しい空、美しい山、心地よいそよ風。子供も老人も、動物も虫も植物もバランスよく共に生きて成り立つ生態系には隔世の感があり、まさに「桃源郷」と呼ぶにふさわしい場所です。
高等植物は世界で最も種類の多い地域で約5000種。西双版納固有の植物は約152種、絶滅危機類は約135種、生きた化石と呼ばれるの植物は約30種、農作物となる植物は約565種あります。
動物は約539種、鳥類は約427種。アジア象、虎、豹、ニシキヘビ、キングコブラ、テナガザル、孔雀、白腹黒キツツキなど重要保護動物は約45種生息しています。
山が深く高低差があるため、一箇所に四季があるとも言われます。海抜によって気候もそれぞれです。
低いところと高いところでは気温差が15度にもなり、車で移動するだけで何枚も重ね着したりまた脱いだりと忙しくなります。
この気候差を利用して、1000メートル以下の比較的低地には熱帯の果物や野菜、1000メートル付近では工業用の原料となるゴムの木やタバコの葉や観賞用の花、1500メートル付近では茶が栽培されるという具合に、多種多様な農産物が生産されています。
近年もっとも栽培の盛んなのは工業用のゴムです。車のタイヤに使われます。中国の経済成長とともに国内需要は増える一方で、オーストラリアなどの資本参加で大規模な事業が始まっています。1日に1本のゴムの木から1元の原料が収穫されますが、ちょっとした山の所有者は30~40万本のゴムの木を所有しており、高い収益となっています。また近年流行りだした漢方清涼飲料水などの原料となる薬草の大規模栽培もはじまったところです。
このように産業は農業主体のため、工業汚染とは無縁です。しかし国のエネルギー確保のためのダム建設などの土木工事や、原始林を伐採して大規模なゴム園の開発が増えており、本来の生態系が破壊されつつあります。また、農村も昔ながらの山の生活から離れて、近代的な消費生活へと変化してゆくにつれ、ゴミの排出や汚水の問題が新しく発生してきています。
■古茶樹について
西双版納には山の上のほうで樹齢数百年にもなる古茶樹の栽培が続けられています。無農薬無肥料の自然栽培です。土を鍬入れする程度のことしかされません。山の斜面に一本一本自然な状態で生えており、枝ぶりはのびのびと自由で、面積当たりの茶葉の数が少ないため、一枚一枚の茶葉には栄養がたっぷりと廻っています。深く張った根っこから得られるミネラル成分は、滋味あるお茶の風味となります。
お茶の味は茶樹の育つ土地に左右されます。まったく同じ品種が植えられても、その土地の土質、日光、風、斜面、気温や湿度、そして生態環境によって茶樹の育ちは異なります。茶山ごとに風味が異なり、また農家や茶樹の樹齢などもお茶の味の違いとなって現れます。
高い山にある古茶樹は、その山に住む農家が家族単位で農地を管理していますが、管理といっても下草刈りをしたり、茶樹よりも威勢の良い木を放っておかない程度のことです。そのため、知らない人から見たら自然林の雑木林のように見え、どれがお茶の樹なのかも判別できないでしょう。
古茶樹は密集していません。他の樹木とバランスよく共生しています。人を寄せ付けないような原生林がすぐそこまで迫っています。 茶葉を食う虫を食べる鳥や小動物などの棲家が確保されており、生態バランスがよいため、低地の大規模な茶園のような害虫や病気の被害は少ないとされています。
12月~2月の乾燥した季節に土に鍬を入れると、下草は乾燥して枯れます。年に春と秋の2度茶摘みされ、余分な枝を剪定しておくことで、茶樹を活性化させ、健康を保ちます。
農地では放牧の鶏や豚や牛がうろうろしています。その糞もおそらく自然肥料になっています。山岳少数民族には古くから牧畜の習慣があります。
樹齢数百年の茶樹がたくさんありますが、それはすなわち数百年前からずっと生態バランスを保った状態で、人と山とお茶作りの関係が続いていたということになります。
数十年で土を入れ替えなければならないような、生態環境に負担をかけるような栽培はされていません。
茶樹には寄生植物やキノコがつき放題ですが、そのほうがむしろ良いとされています。昔ながらのやり方を守り、余計なことをして風味を損ねたくないという考えがあります。その土地で自然に育った茶葉の、そのままの風味に価値がついています。
茶山には原生林が残っているところもあり、野生動物も多くいます。近年はごく少なくなってきているそうですが、野生の象、水牛、虎、豹、熊、猪、コブラなど、殺傷能力のある動物もいます。
雨季になると原始林では山蛭が大量に発生し、立ち入るのが難しいところとなります。
古茶樹にはいくつかのタイプがあります。大まかに分けると葉がやや小さいタイプのと、葉が大きいタイプです。どちらも昔からあったそうですが、肉厚で、あまり形がそろっていなくて、若い茶樹に比べると枝ぶりの割りに葉の量が少ないのが特徴です。
山茶属(椿属)の学名「カメリアシネンシス」と呼ばれるもので、緑茶の茶葉と同じ山茶属ではありますが、種が少し異なるようです。
有名茶山の古茶樹の春のいちばん摘みには人気が注文が集中するので、現場では茶廠たちの競り合いとなり、毎日のように高値を更新する日が、春一番の終わる4月はじめごろまでつづきます。
古茶樹には背の低いタイプがあります。人の胸から背の高さくらいですが、幹はしっかり太く樹齢200~300年以上あるものです。これは過去に背の高い木を切り戻して短くされたものです。1950年代および1970年代から1980年代にかけて、多くの茶山で国の指示によって茶樹が切り戻しされています。切り戻しをされていない背の高い古茶樹に比べてお茶の味がやや淡いとされるのですが、旬のタイミングでの茶摘みや、茶樹の健康状態によって風味は大きく異なるので、一概に言えるものではありません。
■野生の茶樹
野生の茶樹は、剪定しないために枝分かれが少なく、まっすぐ上へと伸びています。もともと茶樹は日陰を好むので、他の木々の陰でひっそり育ちます。芽を出すのは4月の終わりの雨の季節になってからです。そのため、春一番の風味は野生茶にはありません。
最近は野生茶がちょっとした流行りで、この手の茶葉を採取して販売されることもあります。野生の茶は他の動植物との生存競争に負けないために、自ら強い免疫力を持ちます。茶の成分の中でも虫や他の植物の嫌がる成分を多く持つので、その分味はややエグ味があることが多いです。人間に悪い影響はないとされていますが、たくさん飲むには適さないでしょう。
■古茶樹の農地のリサイクル
茶山の自然林の中には野生化した茶樹が点在しています。日陰に甘んじてひょろひょろと伸びていますが、樹高は3~6メートルに達します。これはかつて清の時代の1700年代前後に大規模に栽培された茶樹の残りです。人が手をつけなくなってから長い年月を経て自然林に戻って、茶樹が野生化しているのです。
近年の古茶樹の需要増加に応じて、こうした自然林の開発が盛んになっています。茶樹は人の背丈ほどに切り戻しされ、日照を確保するために茶樹以外の背の高い樹木が徐々に切り倒されます。切り倒された樹木は乾燥させた後に、製茶のための薪として使用されます。
茶樹のまわりの草が刈り取られ、乾季に土が鍬入れされます。こうすることで、茶樹は日光を受け、春になるとたくさんの茶葉をつけます。
野生化したこれらの茶樹の根元を見ると、ずっと昔に切り戻しされた痕跡が見つけられます。
世界経済の波があるように、高級茶の人気にも波があります。西双版納の古茶樹の人気が途絶えると、また何十年もかけて自然林に戻り、そこでひっそりとつぎの出番を待つのでしょう。長寿の古茶樹にとって数十年のサイクルは、人間の1年くらいのことかもしれません。
■新茶園について
近年急速に拡大した需要に応えるために、収穫効率のよい栽培方法や、新種の開発、肥料をつかった有機栽培の技術が研究されています。茶樹を密集させるこのタイプの茶園を当店では「新茶園」現地では「台地茶」と呼んでいます。世界の一般的な茶の栽培の形なので、多くの人にはお茶の山と言うとこのイメージのほうが定着しています。
日当たりの良い新茶園の茶樹はたくさん葉をつけ、収穫効率は良いのですが、土から吸収する成分を多くの葉で分散させてしまうので、それなりの軽い風味、それなりの栄養価値ということになります。しかし大量生産大量消費の価格競争によって、新茶園でつくれる安い茶葉の需要はますます増える傾向にあります。
■新茶園のかかえる10年問題
2000年頃から雲南の茶業は自由化がすすめられました。それにともなう国内需要の拡大を見込んで、多くの新茶園が開墾されてきました。自然林や休耕地を野焼きして、若い茶樹が畝づくりに植えられています。
下の写真は、有名茶山「班章」に向かう途中の山が開墾され、新しい茶園がつくられているところです。班章とおなじ山続きの土地なので、この地で収穫できた茶葉も、班章ブランドで売り出されます。
新茶園は収穫効率を追求するため、茶樹を密集させ、人が管理しやすい高さにそろえられています。他の樹木は日陰を作る程度にしか残されません。上に紹介した森林の中の古茶樹とは全く様子が異なります。
西双版納の新茶園は、無農薬で化学肥料も添加しないところが多くあります。 (2009年10月時点)
しかしそれがこの先10年以上続けられるかどうかは疑問です。
他の動植物が生活しにくい新茶園は、生態バランスが崩れて害虫の大量発生をまねいたり、密集した茶樹が吸い上げる栄養分によって土が枯れたり、茶樹が病気になりやすくなったりして、やがて農薬や化学肥料の助けを必要とするときがくるでしょう。茶葉を肥えさせるための化学肥料の使用は一部の新茶園ですでに始まっています。
いくらでも山のある雲南では、つぎからつぎへと別の森や休耕地を焼いて新茶園をつくれば、また新しい土での自然栽培が継続できます。焼畑はこの土地の伝統的な農法で、様々な作物に利用されている技術のひとつですが、しかし、規模が大きくなると山全体の生態バランスが崩れてしまいます。
古茶樹は山の自然と共存しながら1000年以上も続いている農法です。収穫効率が悪いので、原料価格がどうしても高価になり、製品価格にそれが反映されるので、飲む人の理解が必要です。
旬の古茶樹には山の栄養や滋養が漢方薬のようにあり、価格にみあった選択になると当店は考えています。もちろんそれは本物に限ります。量産された安い偽物にその効用はないはずです。
■西双版納の江北と江南
西双版納の北西から南東に、斜めにメコン川が流れています。そしてそれを境にして、川の北東側に孟臘県(モンラー)江北の茶山(旧六大茶山)、川の西南側に孟海県(モンハイ)江南の茶山(新六大茶山)と、有名な産地があります。それぞれに独自の歴史をもち、お茶の風味もまた異なります。
■瀾滄江(LanCangJiang)
瀾滄江はメコン川のことです。揚子江、黄河に次ぐアジア第3の大河です。全長は4500キロメートル。チベット高原に源流にして、中国雲南省、ミャンマー、ラオス、タイの国境線を通り、カンボジア、ベトナムに抜け、南シナ海に注ぎます。
江北と江南の茶山について次のページに紹介しています。
+【西双版納の江北の茶山について】
+【西双版納の江南の茶山について】
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